「制度の隙間にこぼれた、電球ひとつの孤独。」
「コピーはつくるものではなく、見つけるものだ」と、コピーライターの岩崎俊一氏は言いました。私たちS.S.Sが、渋谷区笹塚の商店街で見つけた「ほんとうのこと」は、制度の狭間に落ちた、小さくて深い絶望の淵でした。
渋谷区で最もシニア層が多いとされる笹塚。100年続いた八百屋の跡地に生まれた「笹塚10号のいえ」には、日々、切実な声が届きます。その多くは、行政の公的サービス(公助)という「大動脈」では救いきれない、毛細血管のような細かな困りごとです。
たとえば、ヘルパーさんが高齢者の家を訪ねても、ルールの壁に阻まれて「できないこと」が山ほどあります。電球の交換、窓拭き、押し入れの整理、あるいは愛犬の散歩。行政サービスは公平性を重んじるがゆえに、最低限の生活支援に限定されるのです。しかし、一人の生活者にとって、切れた電球を替えられないことは、夜の闇に閉じ込められることに等しい。その小さな「できない」が積み重なり、家は荒れ、心は折れ、やがて人は街から孤立し、社会問題としての「孤独死」へのカウントダウンが始まってしまいます。
ここで私たちは、コピーライターの岩崎俊一氏がトヨタ・プリウスで書いていた「21世紀に間にあいました。」というコピーを思い出します。あの言葉が環境破壊という不安に対する「安堵」であったように、TEN-SHIPが向き合う「グリーンのゾーン(予防と生活支援の間)」への介入は、渋谷区が抱える最先端の課題であり、孤独という病が蔓延する現代における、間一髪の救いなのです。
なぜ、この課題にTEN-SHIPというNPOが挑まねばならないのか。それは、行政が担う「マイナスからゼロ」の支援を超えて、「ゼロからプラス」のウェルビーイングを創り出すには、制度の「鎧」を脱ぎ捨てた、一人の人間としての温かな「地の文」が必要だからです。S.S.Sは、こうしたNPOの代表者が抱える「私がやらねば」という強い情熱を、単なる自己犠牲に終わらせてはいけないと考えます。情熱を消耗品にせず、街の持続可能な「仕組み」へと昇華させること。それが、私たちが笹塚で見つけ、育てていきたい希望の種なのです。



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